歌舞伎町 キャバクラ1号店『Cat’s キャッツ』現代のキャバクラ産業を生み出したお店。

歌舞伎町でキャバクラ遊びしているなら、その元祖とも言うべきキャバクラくらい知っておいていたほうがいい。

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1985年前後、世の中にキャバクラなるものが誕生。

 私は17歳の頃から酒場で夜遊びをしています、それもクラブやキャバクラなどが大半です。
クラブやキャバクラなどとは言っても、その大半は所謂キャバクラです。今までキャバクラで使ってきたお金は相当な金額になるかと思います。計算したことなどないですが結構な金額でしょう。元々私は田舎者なので、クラブ遊びを覚えたのは東京ではなく地元での話です。

「キャバクラです..」というか、私が17歳でクラブ遊びを覚えたとき、その当時はまだ世の中にキャバクラというものは存在していませんでした。ホステスがいるお店..それは「クラブ・パブクラブ」などが基本の時代です。そんな昔から今日に至るまで私は数えきれないほどキャバクラに通ったことがあります。

 つまり、私は自慢じゃないですがキャバクラのことは結構詳しいと思っています。自称「キャバクラ帝王」なのかもしれません。なにせ、私が最初にキャバクラというものを知ったのは、世の中にキャバクラというものが出現したころの話です。それは今から約33年くらい前でしょうか…私の認識に間違いなければ世の中にキャバクラというものが登場したのはこのくらい前だと思います。

我国日本においてのキャバクラ第1号店『Cat’s キャッツ』

キャバクラ1号店「キャッツ」
キャバクラ1号店「キャッツ」

 更に私の記憶と認識が間違ってなければ日本のキャバクラ第一号店は『Cat’s キャッツ』だと思います。おそらく間違いないです、というかキャッツですよ。今でもハッキリと覚えています。 当時まだ19歳だった私は、渋谷のテレフォンクラブで遊んだ後、待ち合わせをした電話で話した女の子にスッポかされてしまったので、そのまま電車に乗り、新宿歌舞伎町をブラブラしていました。 歌舞伎町をブラブラして一番目に入ってくるはキャバクラのネオンと看板です。そうじゃない人もいると思いますが、大のキャバクラ好きの私には、キャバクラが目に入るというか、ほとんどキャバクラしか見えません(笑)

そしてそんな煌びやかキャバクラのお店と看板を見てしまうと、思わず ” 吸いこまれてしまう ” のが私の習性です。悲しい習性かもしれませんが、こればかりはしょうがありません。この日もいつものようにあるキャバクラの前を通りかかったときに目に入ったのがこのキャバクラ「Cat’s キャッツ」です。

そのとき丁度お客さんを見送りに出てきたのか、あるは店前に立っている店員にようがあったのか..それは分かりませんが、ひとりのキャバ嬢がお店の入り口にいました。私はキャッツの前をとおり過ぎた後、無性にお店に入りたくなり、思わず吸いこまれるように入っていたことを覚えています。 地下にあるその店内.. キャッツは入り口も狭いし、地下(店内)へ降りていく階段も細く狭かったです。

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地下店内へと続く階段を降り、店内に入った私。

その空間には、圧倒的で煌びやかな世界が広がっていました。

狭っくるしい入口と細い階段とは裏腹に、意外と広い店内には多くのキャバ嬢とお客さんでごった返していました。今とは違い当時のキャバ嬢は皆制服を着ていて同じ衣装です。今では考えられません..
しかし当時のキャバクラ業界はそれが当たり前だったのです。忙しいそうにあっちのテーブルやこっちのテーブルを行ったり来たりするキャバ嬢、お盆片手に店内を速足で歩きまわるボーイ.. 店内には当時大人気だったデットオアアライブの曲が流れていました。 田舎から状況してきてまだ間もない私にとってその光景は脳細胞をノックアウトするぐらい衝撃的な光景だったのです。

席に案内され隣についた女の子。彼女は青森から上京したての素朴なキャバ嬢。

田舎者キャバ嬢
画像はイメージです。

私も上京したばかりで田舎者、歌舞伎町というアジア最大の歓楽街のキャバクラで働く女の子.. そんな女の子はきっと都会で生まれた女の子だと私は勝手に決めつけていました。でも、会話が弾んでいくうちに彼女も私と同じ田舎者だということが分かりました。昼間はスーパーのレジ打ちのアルバイト、そして夜はキャバクラ「キャッツ」でキャバ嬢のアルバイト。彼女の私生活や上京してきた想いなどを聞いているうちに「大都会 東京でもこんな人間模様があるんだな..」とそのとき私は感じたものです。

これを機会に私はキャバクラというものに目覚め、毎月々かかさず歌舞伎町や池袋のキャバクラへ通うようになったのです。このキャバクラ「キャッツ」が第1号店として歌舞伎町に登場してからは物凄い勢いでキャバクラなるお店は増えていきました。新宿を皮切りに、やがて池袋などへ.. そしてキャバレーとクラブをくっつけたこの「キャバクラ」という言葉は世の中に浸透していったわけです。おそらく今の時代の人にはこの「キャバクラ」という語源(意味)さえ知らない方も多いのではないでしょうか..? 

 今歌舞伎町も含め、星の数ほどあるキャバクラというお店、その元祖とも言うべき「キャッツ」の存在(今は残念ながら閉店しているようですが..) このキャバクラ「キャッツ」こそが、今のキャバクラ産業を作り出したと言っても過言ではありません。それは世の中がバブル絶頂期を向かえる少し前、私にはとても思い深いお店です。 キャッツのキャバ嬢を含め、当時の他のお店の有名キャバ嬢達は、当然もう業界を去っているとは思いますが、そんな彼女達にもこの「キャッツ」には何らかの形で熱い想いがあるのではないでしょうか。

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